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東京高等裁判所 平成2年(う)953号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年六月以上五年以下に処する。

原審における未決勾留日数(平成二年二月二二日付けで公訴棄却された事件につき発せられた勾留状による未決勾留日数を含む。)中一五〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人土谷明が差し出した控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

論旨は原判決の量刑不当をいうものであるが、職権をもって検討すると、原判決には法令の解釈、適用の誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、既にこの点において原判決は破棄を免れないものである。すなわち、原判決は、「罪となるべき事実」として、被告人が、A及びBと共謀の上、横浜市金沢区《番地省略》所在の甲野荘二階一号室に居住する中国人労働者から金品を強取することを企て、平成元年六月一一日午前二時三〇分ころ、同室内において、就寝中のC(当時一九歳)、D(当時二六歳)、E(当時二二歳)及びF(当時二五歳)の四名に対し、順次その腹を足蹴りするなどして起こしつつ、所携の短刀及び鉄棒を示しながら、かわるがわる「金を出せ。」、「持っている金を全部出せ。」などと脅迫し、更に、被告人がCに、また、BがFにそれぞれ短刀を押しつけ、あるいはB及びAがFを鉄棒で小突くなどの暴行を加え、いずれもその反抗を抑圧した上、Cから現金三一万八〇〇〇円及びテレホンカード二枚(時価合計二〇〇〇円相当)を、Dから現金二万円及びパスポート等三点を、Eから現金一万四〇〇〇円をそれぞれ強取し、その際、右暴行によりC及びFに対し、それぞれ加療約七日間を要する右上腕部刺創の傷害を負わせた旨の事実を認定し、右事実に対する「法令の適用」として、「被告人の判示所為のうち、D、E、C及びFから金員を強取するため右各人に暴行、脅迫を加え、右C及びFに傷害を負わせた各強盗致傷の点はそれぞれ刑法六〇条、二四〇条前段に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重いCに対する強盗致傷罪の刑で処断することとし」と判示している(なお、原判決は、「被告人の判示所為のうち」、「D、E、C及びFから金員を強取するため右各人に暴行、脅迫を加え、右C及びFに傷害を負わせた各強盗致傷の点」を除く、その余の所為につき、何らかの犯罪が成立するか否かという点については、明示的には何ら触れるところがない。)。しかし、本件の事実関係、特に、被告人は、共犯者であるA及びBことB'と共謀の上、前記甲野荘二階一号室に起居している中国人労働者である原判示被害者らから(なお、原裁判所において取り調べた関係各証拠によれば、同室は、人材派遣を業とする乙山産業株式会社が同会社に所属する中国人労働者の寮として使用しているものであり、本件犯行当時は、同会社に所属する中国人労働者であるCが同室内の西側の部屋、すなわち玄関から入って右側の部屋に、同じくD、E及びFが同室内の東側の部屋、すなわち、玄関から入って左側の部屋に起居していたことが認められる。)各人の所持する金品を強取しようとして、同人らに対し、個々に暴行、脅迫を加えて反抗を抑圧した上、C、D及びEから各人の所持する前記各金品をそれぞれ強取し、その際、右暴行によりC及びFに対し、それぞれ原判示の傷害を負わせたという本件犯行の態様に徴すると、被告人の右所為は、負傷した被害者C及び同Fの各人ごとに強盗致傷罪が成立するほか、金品を奪取された被害者D及び同Eの各人ごとに強盗罪が成立し、以上は刑法四五条前段の併合罪として処断すべきものと解するのが相当である(なお、本件の起訴状には、「罪名・罰条」として、「強盗致傷 刑法第二四〇条前段、第六〇条」と記載されているだけであるが、「公訴事実」の欄においては、D及びEに対する各強盗の事実が訴因として十分に明示されていて、被告人の防御に実質的な不利益が生ずるものと解すべき特段の事情も存しないから、被告人の本件所為に右の「刑法二四〇条前段、六〇条」のほか、起訴状に記載されていない「刑法二三六条一項」を適用することも許されるものと解される。)。そうすると、これと異なり、被告人の所為については二個の強盗致傷罪だけが成立し、両者がいわゆる一所為数法の関係にあるものとして処断すべきものとした原判決は、法令の解釈、適用を誤ったものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において原判決は破棄を免れない。

なお、原判決挙示の関係各証拠、特に、被告人の原審公判廷における供述、被告人の検察官及び司法警察員(平成元年九月七日付け)に対する各供述調書、B'の検察官及び司法警察員(同年八月一二日付けで一五枚綴りのもの及び同月一七日付け)に対する各供述調書謄本、C及びEの検察官に対する各供述調書、F及びDの司法警察員に対する各供述調書(Dの平成元年六月一二日付け供述調書を除き、いずれも謄本)並びに司法警察員作成の実況見分調書謄本を総合すると、本件犯行に際して、被告人が東側の部屋で被害者Fに、共犯者のB'が西側の部屋で被害者Cにそれぞれ短刀を押しつけたものであって、原判示のように被告人がCに、B'がFにそれぞれ右の暴行を加えたものではなく、また、B'及びAは、Cを鉄棒で小突いたものであって、原判示のようにFに右の暴行を加えたものではないことが明らかであるから、これらの点において原判決には事実誤認があるが、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえず、原判決破棄の事由とはならない。

以上の次第で、原判決の量刑不当をいう論旨について判断するまでもなく、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄することとし、同法四〇〇条ただし書に従い被告事件について更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、日本語の習得と出稼ぎを目的に来日した中国人少年であるが、金銭に窮した末、被告人と同様の目的で来日した知り合いの中国人A及び同BことB'と共謀の上、来日稼働中の中国人同胞から金品を強取することを企て、平成元年六月一一日午前二時三〇分ころ、短刀及び鉄棒を携えて横浜市金沢区《番地省略》甲野荘二階一号室に至り、東側の部屋で就寝していたD(当時二六歳)、E(当時二二歳)及びF(当時二五歳)並びに西側の部屋で就寝していたC(当時一九歳)の腹部を順次足蹴りするなどして起こした後、(一)Dに対し、被告人において、頭部を所携の短刀の鞘で殴打し、目の前で短刀をちらつかせながら「昨日給料をもらったはずだから出せ。出さないと刺すぞ。」などと申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、現金二万円及び同人名義のパスポート一通ほか二点を強取し、(二)Fに対し、被告人において、所携の短刀を突きつけながら、「金を出せよ。このナイフが見えないのかよ。」などと申し向けたり、他の共犯者とともに、こもごも「金を出せ。持っている金を全部出せ。」などと申し向けて脅迫し、被告人において、Fの右上腕部に右短刀を押しつけて、約七日間の加療を要する右上腕部刺創の傷害を負わせ、(三)Eに対し、被告人において、右短刀を示しながら、「金を出せ。」などと申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、現金一万四〇〇〇円を強取し、(四)Cに対し、B'及びAにおいて、こもごも鉄棒で腹部を殴打して、「金を出せ。」などと申し向け、被告人において、右短刀を示しながら「金を全部出せ。」などと申し向けるなどして脅迫し、その反抗を抑圧した上、Aにおいて、壁に掛けてあったCの上着のポケットの財布から現金一万八〇〇〇円及びテレホンカード二枚(時価合計二〇〇〇円相当)を抜き取り、かつ、被告人において、Cが差し出そうととした現金三〇万円をむしり取るようにして、これらを強取し、その際、B'において、被告人から受け取った前記短刀をCの右上腕部付近に押しつけて、約七日間の加療を要する右上腕部刺創の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、被害者D及び同Eに対する各強盗の点は各被害者ごとに刑法六〇条、二三六条一項に、被害者C及び同Fに対する各強盗致傷の点は各被害者ごとに刑法六〇条、二四〇条前段にそれぞれ該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、右強盗致傷の各罪についてはいずれも所定刑中有期懲役刑を選択した上、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い被害者Cに対する強盗致傷の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽した刑期の範囲内で、少年法五二条一項により被告人を懲役三年六月以上五年以下に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数(平成二年二月二二日付けで公訴棄却された事件につき発せられた勾留状による未決勾留日数を含む。)中、一五〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書によりこれを被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、日本語の習得及び出稼ぎを目的として来日していた中国人少年である被告人が、他二名の同胞と共謀の上、鋭利な短刀や鉄棒を携えて、深夜同胞の被害者四名の就寝する居室に押し入り、右各凶器を用いて同人らに暴行、脅迫を加えて、うち三名から金品を奪い、うち二名に傷害を負わせた事案であって、その態様はまことに危険かつ粗暴なものであり、犯行に際して、被告人が積極的に各被害者に対する暴行、脅迫に及ぶなど主導的な役割を果たしていることは否定できないこと、その動機は結局金銭欲しさにあり、被告人らが犯行の現場である甲野荘に赴くに至った発端が、仮に原判示のような被告人とGとの仕事の仲介を巡るトラブルにあったものではなく、当審において取り調べた被告人の弁護人に宛てた手紙に記載されているようにH及びIとGとの間の金銭がらみのトラブルにあったとしても、本件犯行の動機に格別酌むべき事由があるとはいえないこと、本件の被害金額が合計三五万二〇〇〇円と多額であり、異国の地において深夜同胞である被告人らに踏み込まれ、受け取ったばかりの給料などを奪われ、あるいは傷を負わされた各被害者の精神的、肉体的苦痛は相当大なるものがあったと察せられること、被告人の検察官及び司法警察員(平成元年八月三〇日付け、同年九月七日付け)に対する各供述調書及び被害者Fの司法警察員に対する各供述調書謄本によって認められる被告人が右被害者の右上腕部に短刀を押し付けた経緯、状況に、右被害者に関する医師J作成の診断書及び司法警察員作成の写真撮影報告書の各謄本によって認められる右被害者の受けた創傷の形状を併せ考えると、被告人にはFに対する傷害の故意があったものと認めるに十分であることなどにかんがみると、本件の犯情は芳しくなく、被告人がいまだ未成年で、十分な学校教育を受けておらず、思慮分別が不足していたからといって、被告人の本件刑事責任を軽視することは許されないものというべきである。

したがって、被害者らの傷害の程度がいずれも比較的軽微なものにとどまっていること、被告人自身の述べるところによれば、被告人の利得額が比較的少額であったこと、被告人には、これまで中国本国における軽微な前科はあるものの、わが国における前科前歴ががないこと、被告人がそれなりに反省している面もあることなど被告人のために酌むべき一切の事情をも十分考慮した上、被告人を主文掲記の刑に処するのが相当であると認められる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新谷一信 裁判官 小林隆夫 荒木勝己)

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